聖路加国際病院
QI活動の取り組み
Quality
improvement 2.0

聖路加国際病院のQI活動の歴史

聖路加国際病院では2003年7月より、医療情報システムSMILE Ⅲ(St. Luke's Medical Center Information Systems Linkage Environment Ⅲ)が全面稼動し、日常診療で行われるほぼすべての診療情報が電子保存されるようになりました。稼動後、時が経つとともに、多くの医療情報が蓄積され、一次利用(診療現場での利用)のみならず、データを収集・解析して診療の改善に役立てる二次利用も可能となってきました。

そこで、2005年5月、蓄積された電子情報を有効活用する目的で診療情報解析システムワーキンググループ(WG)を立ち上げました。 メンバーは、院長以下医師7名、診療情報管理士4名、システムエンジニア3名、事務員2名で、必要に応じて増員していきました。翌2006年度からはこの活動がQI委員会となり、2024年3月時点毎月継続して活動を続けています。当院のQI委員会において、QIとは「Quality indicator(医療の質を表す指標)に基づき、Quality improvement(医療の質を改善すること)」の2つの意味をもっています。

QI委員会は2024年度よりクォリティマネジメント推進会議に名称変更しました。

QIセンタ―の役割

当院のQI活動の中で、もう1つ最初に触れておく必要があるのは、QIセンター(Quality Improvement Center)です。国際的医療施設評価機関であるJCI(Joint Commission International)の初回認定を目指す過程の中で、2012年4月に、統合的かつ継続的な質向上を司る部門としてQIセンターを発足させました(JCI認証と医療の質改善に関しては「JCI・マグネット認証における医療の質評価」参照)。QIセンターは、本院および附属医療機関の医療安全、感染管理、診療・環境の質、患者・職員満足度、業務改善、教育研修などを包括した医療の質改善を目指す、全職種横断的な部署として位置づけられています。

以上の2つの組織(QI委員会とQIセンター)が二軸となって当院のQI活動が行われています。

2004年当時から引き継がれる
聖路加国際病院QI策定プロセスの流れ

聖路加国際病院でのQIの策定は以下のようなプロセスで始めました。

1モデルレポートの検討

2004年当初すでに欧米では、MHA(Maryland Hospital Association)、NQF(National Quality Forum)、The Joint Commission、AHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality)、ACHS(The Australian Council on Healthcare Standards)など、さまざまな団体・組織によってQuality Indicatorが公表されていました。私たちは、これらのレポートの中から、モデルとなるものを選び出すことから作業を開始しました。モデルとする条件はフリーアクセスでき、選出されている指標が十分吟味されていること、数値が明示されており、当院のデータと比較検討ができることなどとしました。
これらの条件を満たすレポートのうち、米国AHRQからのNational Healthcare Quality R eport 2004 (指標数179) 、オセアニア ACHSのACHS Clinical Indicator results for Australia and New Zealand 1998-2003(指標数245)を選択しました。

注:開始当時と現在、状況が大きく変化しています。例えば、米国のCenters for Medicare & Medicaid Services (CMS)による質評価は、2023年よりNational Quality Forum (NQF)からBattelle Partnership for Quality Measurement (PQM)に引き継がれています。実際に年度毎の質評価指標の参考となるモデルレポート、ガイドラインは最新のものを確認します。

2院内部署へのヒアリング、および文献検索

モデルレポートで扱われている指標を院内の全職種全部署へ配布・提示し、わが国および当院の医療事情に合う指標がないか、医師1名、診療情報管理士3名、システムエンジニア1名で、当時は約1か月をかけてヒアリングを行いました。そのまま指標として使用可能なものと、わが国の医療事情に合わないもの、当院の電子カルテシステムからは算出できないものなどに分類しました。

さらに、モデルレポートにない新規指標が提唱された場合は、比較できるような指標がないか、国内外の文献を検索しました。

3サンプルデータの定義と作成

以上のような手順を踏んだ上で、2004年1月1日より12月31日の1年間の電子カルテの中から、主としてモデルレポートの定義に準じたQuality Indicatorを算出し、サンプルデータを作成しました。モデルレポート内の定義と異なる方法でのデータ抽出の場合には、抽出可能なもっとも近い値を代用することとしました。

4フィードバックおよび妥当性の検討

サンプルデータは関連部署へフィードバックし、WGメンバーと複数回の協議の上、修正が必要かどうか検討し、妥当性の評価を行いました。

5Quality Indicatorの確定とSLQHR発刊

関連部署と協議した結果に基づいて作成されたデータは、WG内で再度検討し、取捨選択の後、2006年1月、フリーペーパーとしてSt. Luke’s Quality and Healthcare Report(SLQHR)を発刊しました。

SLQHRの作成手順

その後、2007年12月に(株)インターメディカから書籍『Quality Indicator [医療の質]を測る 聖路加国際病院の先端的試み Vol.1』として発刊されて以後、定期的に発刊し、2023年2月に14冊目を最後の書籍として発刊しました。より多くの方に当院のQI活動を知っていただきたいと考え、2024年4月からwebで公開することといたしました。

この書籍・webは多くの方々へ当院の活動を伝えるものですが、実際の活動はより現場に根ざしたものになりつつあります。2014年度より、各診療科・部署から1つ以上の指標を提案してもらうことにしました。そのため、本書で報告しているもの以外にも多くの指標を測定しています。

6QI測定とQI委員会での報告の今

2024年5月現在、クオリティマネジメント推進会議(旧:QI委員会)においても指標の作成に関して、参照するモデルレポートやガイドラインが最新のものになっていることを除いて大きな流れは変わっていません。実際の会議では、指標の担当者が指標値や改善活動状況などを発表し、委員長や委員からの意見に応えるというのが基本的な流れです。各診療科・部署の指標担当者がこのQI委員会に参加するメリットは大きく2つあると考えています。

  1. 自身の部門における診療の質に関して客観的に責任をもって評価できるようになること
  2. 他部門の質評価指標を聞けること

実際に、各指標担当者から臨床現場のボトムアップとして各部門の改善活動を実践することにつながっている実感があります。また他の診療科でどのようなことを大切にしているのかを知ることができる数少ない機会であり、朝が早いにもかかわらず、病院内外から多くの医療従事者が見学に訪れています。

当院のQI活動は次の次元に -QI 2.0-

長年の当院全体のQI活動の結果、QI活動の変化として大きく3つの傾向が挙げられます。

  1. ❶ QI活動は病院の文化として根付いてきた
  2. ❷ QI活動の基盤が病院もしくは管理者主導から現場主導へ移行し始めてきている
  3. ❸ データ解析の多様化および、改善方法に対しての新たな方向性が求められている

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QI活動は病院の文化として根付いてきています。「QI って何?」という病院スタッフはほとんどいなくなったのではないかと思います。

さらに、これまで医療の質均てん化、底上げという観点で、主にガイドラインでいえばClassⅠ(および逆にClassⅢ)のプロセス指標を積極的にモニタリングし、どちらかといえば改善活動を病院管理者および部署責任者主導で行ってきました。その過程の中で、一般的に「良い」とされる医療プロセスに関して、一度は改善活動を実践されていると考えています。また、QI活動として目標達成が実施できていないケースでは、何らかの個別性の高い理由がある場合がほとんどになってきています。このようにエビデンスがあり、推奨度が高い指標の改善も、ある程度のところで改善の限界点が訪れています。もちろん医療の質改善に終わりはなく、すべての指標が100%もしくは0%といった数値を目指すことは重要ですが、労力の割に向上しにくい状況となってきています。

これは限界効用理論に近いものです。そこで、より現場に根付いた新しい指標が求められるようになってきています。

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実際にはまだエビデンスとしては不足しているものの、できる限り改善活動を行いたい指標というものが各部署から提案されはじめています。

例えば、1つの病棟から、「術後患者の疼痛に関してなんとか取り除けないか、そのような改善活動ができないか」と相談がありました。後ろ向きにデータを収集し、NRS(Numerical rating scale)を評価して、QIセンターの担当者と議論を続け、最終的に「術後帰室後、翌日朝8時までのNRSをゼロにする」ということが指標として現場の看護師から提案されることになりました。

アウトカム指標であり、患者個別性が高いため、時間と共に変化しうるNRSをどのように評価するべきかについては、単一の答えはありません。もちろんモデルレポートもありません。ただ、「疼痛がゼロ」というメッセージ性が高く、伝え方が容易であり、病棟が管理できる範囲を決めた指標というのは、現場の課題を反映した指標と考えられます。近年、このような指標が増えてきています。

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モニタリング・改善活動の多様化が進んできています。これまでQI委員会では月単位のデータ比較を行ってきました。これは見た目として大きな改善の傾向をとらえるのにはよいものの、改善活動一つひとつと改善度合いの因果関係がわかりにくいものでした。当院のように18年もQI活動を行っていると、時系列のグラフでわかりやすく数値が上昇する(低下する)ものは少なくなります。前述のとおり、推奨度が極めて高い指標に対しての一般的に考えられる改善活動はほとんど実践してしまっており、改善度合いが頭打ちになってしまうこともよくあります。また、推奨度が低い指標を選択した場合には、介入強度が強い改善活動が行いにくいこともあり、この場合も数値の変化がわかりにくくなります。

このような場合、より長期的な視点で「年単位」でのデータ比較を考慮する必要性もあるでしょう。逆に、さらに短期間での改善を得る場合は「週単位」でのデータが必要となることもあります。データのモニタリング期間もそれぞれの指標ごとに考慮する必要性があります。

QI活動の効果測定のためのアルゴリズム

改善活動・改善方法に関しても、これまでPDCA(Plan, Do, Check, Act)という枠組みで活動を継続してきました。JCI・マグネット認証における医療の質評価で後述する第3者認証の観点からも、今後このような枠組みは基本として継続するものの、介入方法は洗練化されてきています。実装科学(Implementation science)・行動科学(Behavioral science)などはQI活動と親和性が高いと考えられます。これらは、医療従事者自体も非合理的であるということを認め、無意識下の選択にも働きかけることを考えています。さらには、DX(デジタルトランスフォーメーション)化の波が押し寄せており、患者および医療従事者ともにデジタルを介した介入が一般化し、現在も電子カルテシステムからの臨床決定支援システム(Clinical decision support system)や、アプリケーションでの介入が実装されてきているのはご存じのとおりです。

これまでの質改善策

  • 医療従事者へのリマインダーシステム

  • 患者へのリマインダーシステム

  • 医療従事者へ臨床データの受け渡しを促進する

  • 自己管理のプロモーション

  • 監査とフィードバック

  • 組織・体制の変更

  • 医療従事者教育

  • 経済的インセンティブ規程や規約の変更

  • 患者教育

介入のはしご

介入方法の強度を考え、無意識下の行動にも働きかける時代となりました。

(Nuffield Council on Bioethics 2007)
  • レベル1:選択させない
  • レベル2:選択を制限
  • レベル3:逆インセンティブにより選択を誘導
  • レベル4:インセンティブにより選択を誘導
  • レベル5:デフォルトを変えることによる選択を誘導
  • レベル6:選択を可能とする
  • レベル7:情報を提供する
  • レベル8:何もせずに現状をモニター

このようにQI活動の基盤が病院管理者から現場にシフトし、モニタリングおよび解析方法のみならず、介入方法も充実化してきています。日本における医療の質改善活動は10数年の歴史を経て新たな局面を迎えており、より現場主導型で質の高い医療を提供しようとする試みは、その指標も介入概念も新しく、Quality Improvement 2.0(QI 2.0)の入口に立ったように考えています。次世代の医療の質改善活動(QI 2.0)の特徴は次の通りです。QI 2.0の時代にも当然管理者主導の医療の質管理は重要であり、決してなくなりませんが、現場主導の要素が大きくなっていくことは病院全体としての医療の質改善にとって非常によいことだと考えられます。

QI 1.0とQI2.0の比較

QI 1.0 QI 2.0
主たる推進者 病院長・管理者 臨床現場の医療従事者
ベンチマーク 日本全体 地域モデル
介入領域 明確なエビデンス/推奨度が高いもの 不確実な領域
研究の要素 ほぼなし 研究と QI の境界線が不明瞭
データのリソース 病院内・電子カルテ 因果推論・時系列解析・研究
データの解析方法 見える化 外部データとの突合 / 転院後の調査等 / Personal health record 等
実施する倫理的課題 明らかな病院の改善活動ということで倫理的な問題・同意取得問題はない 改善活動に伴う介入で同意取得の有無等
改善活動の背景理論 PDCA・Improvement strategy など 企業・ビジネスでの理論の応用 社会学・実装科学・行動科学などの心理学・ 社会学との協働/ DX 化を活用した介入
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